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精神科医への陽性転移、陽性感情の悩み:先生に会いたいので鬱を治したくない女性の悩み




質問:by 麗さん

はじめまして、麗といいます。
うつで精神科へ通院していますが、
先生に陽性転移してしまいました。
毎日先生に会える日を心待ちしています。

私には先生しか本当の気持ちを話せる人がいません。
だから、うつが治りたくないと考えてしまいます。
このような気持ちをどうしたらよいのかわかりません。


いずみ先生のお答え:

これはなかなか難しいご質問ですね。
特に、実際、精神科医として仕事をしている私から
お答えさせていただくには、
難しいところがあるように思います。

私の場合、その患者さんが一人の女性として見て、
とても魅力的であったとしてもですね、
この人生では、医者と患者という縁で出会った以上、
その後、かけがえのない大切な友人となったとしても、
恋愛関係になるものではないと考えています。

おそらく、他の精神科医の先生も、
同じように考えているか、いや、もっとはっきりと、
「プライベートは一切、関係性を持たない、持ってはならない」
と考えている先生が、殆どでしょう。

その先生に好意を抱き、陽性感情を持つこと自体は、
治療関係の中で起こりうる自然なことと思います。

ただひとつ、心にとどめておくべきことは、
陽性感情を持ったとしても、
『プライベートな恋愛関係にはなることはできない』
ということを理解しておけばいいのではないかと思います。

陽性感情があって、その先生と会うのが嬉しい
というレベルにとどまっているのであれば、まだいいでしょう。

しかし、その先生に、
「特別な感情を、自分にだけ持ってくれることを示してほしい」
というようなものを求め始め、
どこかでそれが叶わない苦しみを感じ始めているようであれば、
病院を変わったほうがいいでしょう。

あと、先生と会って話をできる関係を維持したいから、
病気を治したくないという気持ちはよくわかります。
けれど、自分自身が病気から離れ、
「本当の自分」を取り戻したときにこそ、その先生とも、
より深い心のつながりを持てるようになるものです。

たとえ、恋愛関係にはなることができないとしても、
その深い心のつながりは、
この人生で得られたかけがえのない“宝物(たからもの)”です。

その先生を素晴らしい人だと思われるなら、
自らがうつから脱して、
人としての深い心のつながりをもたれることが
望ましいのではないかと思います。





posted by ちーひめ at 22:47 | Comment(3) | TrackBack(0) | 質疑応答
この記事へのコメント
お礼が遅くなりましたが、お答えありがとうございました。

今の先生で2人目で、最初の先生からうつと診断され通院してきましたが、先生と相性が悪くて転院しました。そして今の先生に「本当にうつなんですか」と尋ねると、「うつの症状はよくなってきていますが、社会不安障害です。」と言われました。はずかしいですが、私は半引きこもりでニートです。人間関係はやはりうまくありません。
自分では「回避性人格障害」ではないかと思っています。診断基準の1〜7に全てあてはまります。人格障害の場合、患者が傷つくので診断名は言わないことがあるそうですが、私の場合もそうなのかなと疑問に思っています。また、自分から先生に「回避性人格障害ではないでしょうか」と聞くことはおかしいでしょうか。そしてまた転移についてですが、先生は患者が自分に陽性転移していることに気がつくものなのでしょうか。
Posted by 麗 at 2006年07月27日 13:37
こんにちは!実は私も初診の先生への想いを12年間持ち続けていて、自分の日常を送りながら、仕事に恋に奔走していても、頭のどこかに元主治医の存在ってあって、自分の生きる糧になっていました。近頃、結婚もして幸せに生活している自分が先生に再会して対面で感謝の気持ちを伝えたいと10年ぶりに病院を変えてまた主治医と患者という関係になったのです。私はこれまでの想いがあったから強烈な陽性転移を起こしてしまいました。でも日頃たくさんの患者を見ている先生に私の記憶はなく、浦島太郎状態でした。そして以前の先生に比べ弱くなっていました。これはけっこうショックでした。私は自分の気持ちを伝えた後、『先生には先生の人生がある。私には私の人生がある。結局、私は先生の人生を背負えないんだって思ったら切なくなりました。』と散々苦しんだ後、伝えました。先生は微笑みを浮かべていました。それを機に私も転院して、先生から離れたところで、自分が自分自身を築いてきたように頑張ろうと決意しました。元主治医を信じて生きてきた私は、『貴方、それにしてもよく頑張ったね〜。』って驚かれるくらいの成長を遂げたようでした。自覚はないんですが。。再会して、先生への想いは私が自分の中で勝手に作り出したことにも気付けました。でもその対象恒常性とも取れる想いの強さがあったからこそ、今の自分があることは認めざるを得ません。ひょんな事から、私も今 元主治医の影響か精神業界に身を置いて、自分の経験やキャリアを活かして人を癒す仕事に就いています。これはホントに偶然だったのですが、偶然のような必然だったのかもしれないですね。人との出会いを通じて受ける影響も与える影響も自覚はなくても大きいのかもしれないですね。あのしんどさを考えたら、もう元主治医の診察は受ける事はないけれど、それぞれのフィールドで生きる…、それが最良の答えだった気がします。たまに思い出して温かい気持ちに包まれることに価値があって、私の原動力になる事でしょう。元主治医との想い出は私の心に生き続けます。それが私に残してくれた宝物です!
Posted by マチコ at 2008年10月15日 09:30
医者を好きだなんて言ってるようでは.....
あと何年も治らないでしょうね。

■担当医と自分の仕事が終わってから数回デートした
■担当医の指定場所で家を捜した
■毎日30分以上カウンセリングした
■担当医の自宅に電話した

その後
担当医と争いが起きるようになり、様々な医者と喧嘩を繰り返し
■医師という職業を心から軽蔑
■すべての治療を拒否
■家族と医療にかかったことを後悔
■医療行為の問題を追及

★お金を請求する人は商売
★病人を好きな人は珍しい
★医師は最初からなりたくてなった人が多く、
何でも欲しいものは手に入れたがる性格の人が多い。医者が好きなら、治療を放り出して迫ってくる。そうしないのは、遊びの確率が高い。
★医者を好きとぬかす患者は、そこら辺何も解っていないか、自惚れ気味の自己陶酔型患者が多い。
★若い新患が入ってくればはっきりする。


Posted by サタン at 2010年07月11日 15:27
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