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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(1)挫折体験・研修医の頃



軽症の方から重症の方まで
全ての摂食障害(拒食症・過食症)の患者さんを救おうとするなら、
その治療に非常なる困難さを伴うということは、
殆どの治療者が納得するのではないかと思います。

実際、「摂食障害はわからないし、診られない」
と言う精神科の先生方も数多くおられますし、
ある摂食障害の治療に関わって以来、
「もう二度と摂食障害だけは診たくない」と言った先生もおられました。

何よりも私自身が、これまでの精神科医としての人生の中で唯一、
挫折したことがあるのがこの摂食障害の治療でした。

最初は研修医の頃です。

上の先生の指導を受けながら、
摂食障害の方に関わっていたのですが、

治療中に病院を脱走する患者さん、
退院しても再発して再入院してくる患者さん、
心肺停止しながら奇跡的に助かった後も
なお痩せに拘り続けて最後には亡くなってしまった患者さん、
体重が多少増えてもその表情に曇りを残したまま
退院していく患者さん、

このような患者さん達を見ていて、
当時の私は「摂食障害は本当に治らないなあ」
という実感を持ち、その治療に一つの挫折感を感じていました。

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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(2)忘れられない患者さん




そんな私が研修医を終えて一般の勤務医になると、
主に診始めたのが思春期の患者さん達でした。

もちろん摂食障害の患者さん達が数多くいました。
その中でも、私にはどうしても忘れられない患者さんがいます。

それはある拒食症に陥っていた患者さんです。
もう今にも折れそうなくらい細い手足を見ながら、
「この浮き上がった鎖骨や肋骨が美しいでしょ」などと言い、
私の診察を求めて通院してくれていました。

どのように関わっていいか、
本当の意味でよくわかっていなかった私は自分なりに試行錯誤しながら
その方にいろいろな角度から話しかけ、治療を試みました。

しかし、何年経ってもよくならず、家族らへの憎しみを語るその方に、
私はついに「悪いけど、僕にはもうどうしようもできひんわ」
という言葉を投げかけました。

その言葉にその方は涙ぐみ、去っていきました。

決して言ってはならない一言、
患者さんの持っていた一縷の希望を断ち、絶望を与えてしまった一言でした。
そんな言葉を言ってしまうほどに、この私自身も行き詰まり、
方向性が見えないでいたのです。
この挫折は大きな悔恨とともに、私の心に強く刻まれました。


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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(3)摂食障害治療成功の3つの条件



摂食障害(拒食症・過食症)の治療には
こうした絶望が数多くあるように思います。

実際、私自身が摂食障害の治療に
方向性を見出せるようになった今でも、
一緒にやっている看護師さんが、患者さんとの関わりに悩み、
精神的にまいってしまいそうになることがあります。

何故、絶望しそうになるのか。

それは一つには患者さんの心の中にある絶望が
感じられるからではないでしょうか。

それなのに、どうしていいかがわからない。
患者さんから直接に感じる絶望と、
治療者としての無力感から来る絶望。

摂食障害の方への治療や関わりには、
そうした絶望と向き合わなければならない厳しさがあります。

では、希望はなかなか見られないものでしょうか。

・正しい治療へのアプローチ
・それを実践し抜く情熱と勇気を持った治療者
・治療効果を引き出せるだけの環境


この3つの条件が整っていれば、
殆どの方が治ると言っていいのではないかと思います。

決して治らない病気ではなく、
条件さえ整えられれば治る病気であるというところに希望があります。


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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(4)正しい治療へのアプローチ、それを実践しぬく治療者



摂食障害治療成功のための1つ目の条件である、
正しい治療へのアプローチ、
それは別の項でも述べているように、
病気の症状をなくすことだけに囚われるのではなく、
摂食障害(拒食症・過食症)の心性をなくし、
本当の自分に基づく主体的な生き方を引き出すところまで
視野に入れたアプローチです。

それを実践し抜く情熱と勇気を持った治療者が
成功の2つめの条件ですが、
それというのも、摂食障害の治療とは、ある意味、戦いなのです。

その患者さんの「本当の自分」の心を救うために、
患者さんの中にある「病気の自分」がどのような言い訳をしようと、
どのような嘘をつこうと、それを見破り、論理的に封じ込め、
病気の自分」がとろうとするあらゆる病的な行動を、
断固とした行動制限枠で完全に封じ込めなければなりません。

ときには「病気の自分」が泣きながら助けを求めてきても、
治療者はその心の中で涙しながら、
勇気を持って断ち切っていくのです。

さらに、病気の表面的な症状を
一時的に落ち着かせるだけではなく、
その人の人生の幸福まで視野に入れて
根本的に治そうとする情熱がなければ、
偽りの自分」の心を見抜き、
その心の修正にまで関わることは出来ません。

ちーひめ注:

本物の自分」「偽物の自分」「病気の自分」については、
摂食障害治療における患者さんの3つの心を読んでくださいね。

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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(5)治療効果を引き出せる環境・意外な盲点




3つめの条件は、治療効果を引き出せるだけの環境です。
この環境というのは、非常に大きな条件です。

いくつかのポイントがありますが、
患者さんの心を「病気の自分」が大きく支配しているときには、
食事を捨てたり、動き回ってカロリーを消耗させたりしないような
行動制限枠が必要です。

具体的には、自由に外に出られず、
ある程度の監視が効くような閉鎖病棟への入院であったり、
それでも問題行動をコントロールできないときには、
24時間誰かが横に付き添っていたり、
個室に隔離したりするような環境設定が治療上、
最も重要なポイントになります。

また、入院環境では
患者さんと一対一でゆっくりと話せるような場が必要です。

これは意外な盲点なのですが、意外に多くの病院で
プライバシーの守られた個室での診察が行われていません。

ベッドサイドであったり、ナースステーションの片隅であったり、
話している内容が他の人にも聞かれてしまうような場所で
診察が行われています。

ただでさえ、周りに気を使い、「いい子」であろうとする
摂食障害(拒食症・過食症)の患者さんに対して、
このようなところで診察を行っても、
その本当の心の内を引き出すのは殆ど不可能といってもよい
と思います。

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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(6)入院環境・周囲の人間関係



入院環境で言えば、そこで暮らす空間がどのような環境か
というのも大きなことです。

周囲の影響を受けやすい人たちが多いですから、
その病院が広く、清潔で、
周囲に緑でもあるような環境であれば、
非常に落ち着きます。

また、総合病院の一般病棟のように
隣の患者さんがいつ急変するかわからないようなところや、
一部の精神病院のようにしばしば患者さんが大声を上げたり、
暴れたりするようなところでは、
なかなか安心感が得られないでしょう。

その他には、患者さんの周囲の人間関係があります。

当然のことながら、家族であったり、主治医であったり、
看護師であったり、こうした人たちが
摂食障害(拒食症・過食症)の方の心とその性質を理解し、
よく話を聞きながら一貫した関わりをするならば、
本人は安心感を抱くようになり、
病気でい続けようとしても、それはなかなかできるものではなく、
自ら徐々に病気を治そうと行動し始めます。

このように治療がうまくいかないときには、
その理由を患者さんだけに求めるのではなく、
その環境や周囲の人たちにも求めてみることです。
すると、治療への道が見えてくるはずです。

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摂食障害(拒食症・過食症)治療における医療者の絶望と希望(7)摂食障害治療の希望ー病気はよりよい人生が始まるきっかけ



結局、ある見方をすれば、
これらの条件が揃うかどうかに
摂食障害の治療の成否は
かかっているとも言えます。

これらの条件が揃い、
その人格に成長をもたらすだけの時間を与えられるならば、
その治療が成功する可能性は極めて高くなります。

摂食障害(拒食症・過食症)はときには、
なかなか治らない絶望的な病気と見えることもあるでしょう。
しかし、それは治療のための条件が整う限り、
十二分に治る可能性があります。

そればかりか、そのままの人生を歩んでいれば
何ら自己変革をする機会もなく、しんどい生き方をしていたところが、
拒食症や過食症になり、正しい治療を行っていく中で大きく成長し、
その後の人生をいきいきと生きられるようになる可能性を秘めています。
ここに摂食障害治療の希望があります。

これから取り組むべきは、
こうした摂食障害への理解と啓蒙活動であり、
それによって、この病気が希望へとつながっていくものになることを
心から願っています。

また、私自身も更なる創意工夫を積み重ねながら、
その一翼を担う仕事をさせていただければと思っています。


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