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【1】摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?
第一レベル:肉体的・生命的危機の回避




今回は、精神科医の友人に
摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか、について
教えてもらいます。

医療者を対象に想定して書いてくださったものですが、
とても分かりやすい内容になっていますので、
ぜひ、読んでみてくださいね。

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摂食障害の治療において、
その本人や治療者がどこにゴールを置くかということは、
お互いに納得のいく治療を行う上でとても大切なことです。

例えば、風邪なら、
その風邪を引き起こしているウィルスの活動が治まり、
喉の痛みや鼻づまり、咳、発熱といった症状がなくなれば、
一旦は完治したといってよいと思います。

この例えで言うなら、摂食障害では、
ある程度の食事をとり、
過食や自分で吐くといったこともなく、
正常範囲の体重になって、生理もあれば、
治ったと考えるのが一般的です。

ただ摂食障害は、
その病理の理解の不十分さや治療の難しさのために、
治療者は様々なゴールを設定します。

おそらく最も低いレベルのゴールは、
「生命的危機を回避する」ということにあるでしょう。
身体的に標準体重の60%を割るような著明な痩せをきたしたり、
頻回の嘔吐を繰り返すことで
カリウムという電解質が下がったりすると、
死の危険性があります。

このとき、一般内科に入院して
点滴治療を行うことなどがありますが、
ここでの治療目標は、
とりあえず目の前に迫っている生命的危機を回避する
という応急処置的なものになります。

摂食障害の根本的な問題解決には何ら関与していないので、
もし、この処置だけで治療を終えたような気になったとしたなら、
再び元の状態に戻り、生命的な危機が訪れるでしょう。

よって、このゴールはマラソンで言えば、
中継地点のようなものであって、
最終ゴールを目指すには専門家による治療が必要になります。


摂食障害が治るとはどういうことか?【2】へ行く 

【2】摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?
第2レベル:正常な体重・肉体的回復




さて、次のレベルのゴールはと言えば、
「正常な体重を回復する」ということになるでしょう。

「常識的な食事を摂取し、嘔吐などの食行動異常をなくす」
といったことも一つのゴールですが、
多くの治療者は、前者を優先されるように思います。

これはどういうことかと申しますと、
正常な体重を回復しても、
食行動の問題を残す場合はよくあるということです。

それは、前者だけを達成する方が容易ですし、
とりあえず生命的な危険性や将来への身体的後遺症を
避けることができるからだと思われます。

ただ本人達がよく言うように、
「体重だけ増えても何も変わってない」
というようなこともよくあって、このゴールだけを目指すなら、
再び痩せをきたし、体の異常をきたすなどの再発の恐れがあります。

このレベルを治療のゴールとしていては、
多くの患者さんが苦しみ、
ときには「何度、治療しても治らないんだ」と
絶望していくことがあるでしょう。

治療者は、この現実を正直に見つめなくては
ならないのではないかと思います。


摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?【3】へ行く

摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?【1】から読んでみる。

【3】摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?
第3レベル:食行動異常をなくす




一方、「常識的な食事を摂取し、嘔吐などの食行動異常をなくす」
というレベルをゴールにするならば、
「正常な体重を回復する」ということも自ずと達成されます。

ここまで達成されれば、かなりのゴールといえるでしょう。

ただこのときに、ひとつの落とし穴があります。
それはどのような環境でこのレベルが達成されているかということです。

例えば、入院治療という治療者らの視線があり、
枠組みがあり、守られているということを意識できる環境であれば、
きちんとした食事を摂取できても、
家に帰って本人の自由に任されてしまうと、
病気の自分」(*注1)に脅かされた不安が甦り、
食行動の異常が再び出てくるということはよくあります。

これはまだ心の傾向性の修正が不十分だからなのです。
本当の自分」(*注2)に基づく主体性が十分に出てきていないために、
入院治療中は種火にようになって鎮火していた病気の自分が、
環境の変化によって引き出されるからなのです。

よって、この心の傾向性のレベルまで見極めなければ、
本当の改善はありえないと言ってよいのではないかと思います。

***********************

*注1 by ちーひめ: 

ここで言う「病気の自分」とは、
病気を引き起こす、病的な心の傾向性という意味くらいに
今のところは、捉えておいて下さいね。

摂食障害(拒食症・過食症)における「病気の自分」は、
食事、体重、体型、ダイエット、痩せること等に関して
病的思考に囚われていて
周囲の人々との情緒的な絆を断ってしまい、
自分の身体を痛めつけるような行動をし続けさせるような
そんな心の傾向性が顕現した自分のことです。

この辺の所は、
又いつか、直接、詳しく説明していただくので
待っていてくださいね。
  
*注2 by ちーひめ

ここでいう「本当の自分」とは、
主体的に行動し、自然治癒力を発揮し、本当に幸福になれるような
そんな心の傾向性を顕現させた自分のことです。

人はみな、心の奥に輝くようなダイヤモンドの心を持っている。
表面的には、たとえ、どんなに駄目な自分に見えても、
叫び出したいくらい情けなく恥ずかしい自分に思えても、
自分本来の姿は、ダイヤモンドのように美しく健康な心です。

私の友人の精神科医は、それを心から信じています。

だから、患者さんに、本来の姿に戻ってもらう、というのが
彼の治療のゴールとも言えるでしょう。

このへんもまた、ご本人に、
いつかお話していただきますので、待っていてくださいね。


摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?【4】に行く

摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?【1】から読んでみる。
 

【4】摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?
最終レベル:摂食障害の心性をなくし主体的な生き方を引き出す



では、摂食障害治療において最終的に目指すゴールは何か。

それは、「摂食障(拒食症・過食症)の心性をなくし、
本当の自分』(*注1)に基づく主体的な生き方を引き出す

ことにあるのではないかと思います。

このレベルの実現において、再発は殆どない
と言ってよいかと思います。

何故なら、その摂食障害に陥った心の傾向性の修正にまで
意識した治療を行い、ある程度の見通しを持つことが出来れば、
本人の自覚もあって、なかなか同じ状態には陥らないと考えられます。

但しここまでのレベルを具体的に捉えた治療論はこれまで殆どなく、
実際に意識的に実践している治療者も殆どいないのではないかと推測します。

それはいろいろな理由があるにせよ、
おそらくはこうした心の問題は人それぞれで
具体的に捉えるのは難しいことであるし、
そこまで関わるには非常なる労力を要するからかもしれません。

ただ私は、摂食障害の方の人生や幸福までを見つめると、
やはり根治的な治療を試みたいと思うのです。
そんなことは可能なのかと思われる治療者もおられるでしょう。

しかし、一人ひとりの心の傾向性の問題を見つめ、
その抽象的な心の問題に修正をかけるのに必要な具体的な行動を提示し、
課題として取り組んでもらうことで、
心の問題の修正は少しずつ行われてきます。

具体的な方法論は別の項に譲りますが、
周囲を気にした受動的な生き方やそのときの気分のままに流された生き方から、
本当の自分」の中から湧き上がってくる心の疼きに基づいた
主体的な生き方が見えてきたとき、
摂食障害に陥るような心の傾向性はなくなってきたと言えるでしょう。

このレベルにいたって初めて、摂食障害が本当に治ったと
言えるのではないかと思います。

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*注1 by ちーひめ

ここでいう「本当の自分」とは、
主体的に行動し、自然治癒力を発揮し、本当に幸福になれるような
そんな心の傾向性を顕現させた自分のことです。

人はみな、心の奥に輝くようなダイヤモンドの心を持っている。
表面的には、たとえ、どんなに駄目な自分に見えても、
叫び出したいくらい情けなく恥ずかしい自分に思えても、
自分本来の姿は、ダイヤモンドのように美しく健康な心です。

ちーひめの友人の精神科医は、それを心から信じています。

だから、患者さんに、本来の姿に戻ってもらう、というのが
彼の治療のゴールとも言えるでしょう。

このへんもまた、本人に、
いつかお話していただくことになると思います。

摂食障害(拒食症・過食症)が治るとはどういうことか?【1】から読んでみる。
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